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2009年6月19日 (金)

脳死は人の死か

最近新聞を賑わしている臓器移植ですが

とても難しい問題ですよね。

昔から脳死が人の死なのか

であったり

脳死状態の人からの臓器移植について

であったりを

ずいぶん議論したり悩んだりして

自分なりに相当な時間を使って

考えてきました。

正解はきっと無く

人によって

あるいはその人の立場や

置かれた状況によって

答えが変わる問題であることは

承知しています。

でも

わたしは

悩んで悩んで現在まで

考え抜いた結果

それぞれの人の立場になって

悲しんで苦しんで考えて悩み続けることが

大事なんだ

と思っています。

マスコミが騒いでいる時だけ考える

では無く。

自分は健康だから興味が無い

では無く。

実際にその状況になっていない人間が

軽く語ることでは無いことを知った上で

誤解を恐れずに言えば

もし

わたしが脳死となったとしたら

臓器は勝手に使ってもらって

構わないと考えています。

もし

わたしが他人の臓器の移植を受けなければ

生きながらえない状態になったら

移植は受けずに

残りの余生を静かに過ごしたい

と考えています。

そのためには

その時が突然来ても

今までの人生に悔いがないように

常に全力のステキな日々を過ごしていたい。

人によって考えがいろいろでしょうから

私がなぜこの考えに至ったかは

狭いここでは述べません。

でも

アメリカへ移植手術を受けに

行かなければならなかったり

そんな苦悩やあんな議論をしなくても

済むように

人工臓器の性能向上や

医療技術の進歩をとにかく急いで

移植をしなくても治癒できる日が

一日も早く来て欲しい。

こんな議論が

過去の議論

となる日が来ることを

願っています。

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